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ある日のなか志まやの出来事、つれづれ

2010年01月の店主日記
[過去の店主日記一覧]
●2010年01月15日(金)

一目惚れした帯

画像をみて釘付けになり、織り上がり具合を電話で聞いただけで仕入れしてしまった帯が明日、京都より届きます。

思えば、16年くらい前の、由起丸平の朧月の帯にはじまり、月の満ち欠けを刺繍した帯など、数年に一度、太陽や月をテーマにした秀逸な帯に出合いますが、久々にお正月も開けないうちに出合いました。

美しい画像はDMでお客様にお届け出来ると思います。
もちろん、月日荘での会では、なか志まやのメインを飾る帯となります。
月に様々な想いを重ねられる着物が好きな方に、是非に締めて頂きたい帯です。

●2010年01月13日(水)

仕立て  て

15年というタイトルで始る一衣舎さんのブログに一枚の着物が登場するのですが、それは、なか志まやが独立してそろそろ色んな着物を扱えるようになった頃、一つの江戸小紋絵羽に痺れまして、仕入れして、そのまま売るのが嫌になって、仕立て上げて手元においたものです。あのころは、なんでもかんでも一衣舎さんに仕立てをお願いしていた頃で、運よくチーフのSさんに縫っていただいたものです。

記事の内容は、一衣舎さんのブログでお読みください!
http://www.ichieya.jp/tdiary/

狂いのない仕立てとは、不可能なことと思うのですが、それが現実になったような奇跡の着物です。この娘は本当に運がいい。一衣舎さんの丁寧な仕立ての技術によるものでしょう。それと色んな意味での好条件もあったかもしれません。

今日、件の紬を検証して頂く為に来店して頂き、それとともに帰って参りました。
出かけた時よりも綺麗になって!

仕立てのことで、失敗することはいまでもあります。全てを一衣舎さんに頼んでいる訳でもないですし、他の有名呉服店と同じ仕立て屋に僕も出すのですが(なか志まやは、海外縫製は一切しません!今後も決してすることはありません!)歴然とした差を感じます。一枚一枚の着物をどう造り上げていかなければならないか!呉服屋がさらに集中しなければならない時代に、なか志まやもさらなる経営努力をして、信頼の置ける仕立て技術の確保を考えていかなければなりません。

こういう風に仕立て上がって欲しいということを、どの位の情報量をもって仕立て屋に伝えるのかという事と(それは、着る人をより仕立て屋にイメージさせること)
そして、やはり生地を見極めて、どういう下準備でどのように縫うかなのだと思います。しかし呉服屋は、ただ信じて、仕立て屋に任せるしかありませんが・・・

最近のミス・・・とても大きな男性の着物の共衿丈寸法が長過ぎ・・・男前腰揚げ寸法が長過ぎ・・・

すごく時間のない中で採寸したのですが、大きいだろうという自分の思い込みが、実際の身体を眼にしながら見込み違いでした。あとお腹の出方でどこに帯を収めるか!
袴を締めるときと、着流しの時との帯の位置のバランスをうまく出せなかったようです。なか志まやの採寸ミスです。

あとは・・・女物の羽織の裁断の指示が甘かったです、当然キャンセルにしていただきました。(一衣舎さんの仕立てではありません)

こんなデフレな時代に、いいものを作って頂くお客様には、とにかく一つ一ついいものをお届けしたいと考えています。それは独立して、初めて一枚の着物が売れて嬉しかった時と変わらないつもりでいるのですが、今ではどこか自分の甘さも出て来ている証拠なのだと、このミスをみて思います。
呉服屋として反省いたします。

呉服屋を独りで始めた頃、留袖の仕立てだけを頼まれて一衣舎さんに仕立てして頂いて納めた事があります。数日後、そのお客様から、見事な仕立てに母が涙を流して喜びました。ありがとうございました!と電話を受け取りました。いえいえと、自分で売った留袖ではないので、たいして感慨もなかったのですが、どこかず〜〜と頭の片隅にその時のことが残っています。

どんなにいい物を売っても、よいコーディネイトでも最後は、ここなのです。
ハンガーに吊るして眺め、その美しさに涙するお客様がいた!そういうことを学んだはずなのに、まだまだなか志まやは甘い所があるのだと反省いたします。

自分の手元にあるこの片身替わりの着物は、柄も美しく僕の好みで、これには最高の帯合せ、一衣一帯にしてあり、最高の仕立てが施されている・・・幸せ者なのだと思います。なか志まやはこういう着物をもっともっと創っていかなければならないと、この一衣舎さんのブログを読みながら思いました。

   

●2010年01月12日(火)

勉強不足・・・

塩沢といえば、今迄どうしても強撚糸の生糸を使った本塩沢を思い浮かべ、それならば
白鷹お召のほうが好みだと、塩沢を少し敬遠していたのですが、この真綿を使った塩沢紬は触ってみて、ううん〜と首を捻りました。

さっそく一衣舎の木村先生に連絡をとって、この反物を検証してもらいます。
強度としなやかさを兼ね備えた反物でしょうか?
男物を集めていて、偶然ここに来た1尺8分巾の反物です。

あともうひとつ・・・初めて聞く産地の紬が来ています。
勉強熱心な方は当然ご存知なのでしょうが、恥ずかしながら初めてその名を聞きました。遠からずの縁はある産地なので勉強します。
見た瞬間、なんか良いかもという感触・・・こういう感には、いつまでも素直でいたいと思います。

●2010年01月10日(日)

なか志まや homme


男の着物の『すぐれもの』を明日から数日展示しています。

一衣舎ブランドよりは
小熊素子さんの真綿紬、砂川恵子さんの座繰紬、斎藤さんの唐桟木綿それに吉田さんの丹波布、山下さんの苧麻絣、赤城の柿渋などなど

洛風林よりは、角帯各種・・・本袋の角帯と丹波屋の角帯は、今なか志まやで一番の人気帯です。博多、または綴れ等に飽きた方にはお勧めです。

真綿入の草履は、店主自身も愛用していてその履き心地に魅せられます。
台と鼻緒を自由に組み合わせて下さい。

当然、定番のお召は、新柄の格子が男女兼用柄として登場しています。
雑誌助六に登場させた黒の風通お召は、いま欠品中ですが、無地黒と四分縞の黒はあります。
染めの着尺(男物)、大島、花織なども到着する予定です。

なにより一衣舎さんのオリジナルの作品が、お召を中心とした今迄の男物の品揃えに、趣と深さを与えてくれています。経てに太い糸を使った着尺は、繊細さと光沢感をもたらす細い糸のお召とは真逆で、その逞しさというかあるいみ野性味もあって、こういうものを着こなせるようになりたいものだと眺めています。

15日まで展示販売いたします。

*恐れ入りますがご来店の際には、電話にてご予約していただければ幸いです。


●2010年01月07日(木)

復学?

水商売(バーテンダー)に身を染める前、わたくしはここに通っておりました。
京都の駿台予備校を経由して、ここの入学式の日、ちょうどこの同じ位置で、とても不機嫌な顔で母親に写真を撮られたのが思い出させれます。

学生証は確か6年生まであったように思います。親が学費を払い続けていたのでしょう。自分自身はここの学生であったという自覚は1年生の時だけでした。

四半世紀ぶりに、構内に入りました。それも自家用車で正面から入り、着物姿のフランス人の女性のお供として。昨年12月半ば、マニグリエ真矢さんが『外国人ときもの』というタイトルで講義をされたので同行したのです。

大隈講堂、政治経済学部校舎など、時折通りすがりに眺めるのと違い、中に入ると
法学部、商学部も近代化された高層建築で、講義の場となった14号館、確かここは
あの当時僕が所属していた軟派テニスサークル、スペッキーズの集合場所のあった古びた建物だったのですが、近代化された立派な建物になっていてビックリしました。

儲けてるな〜早稲田!実感です・・・

中退というより、除籍であろう自分が、再びここに訪れるとは、それも真矢さんの講義の中で、大きな映像と共に、呉服屋・なか志まやと4、5回、この名が登場したときは、思わず下を向いてしまいました。

思えばマニグリエ真矢さんとの出会いは、なか志まやの中で大きな出来事でした。
外国の方に着物を見立てる!ということなど、ここの学生の頃、そして呉服屋の修行を始めた頃、とても思いつけるものではありません。想像すら出来ないことです。

それでも、ここに少しだけ戻って来た自分をみて、とても愉快な気持ちに成ったのは事実です。人生て、本当どうなるか分からないもの、いいこともわるいことも色んな過程があるでしょうが、まずは、人ありき!で、自分独りでは到底、今に辿り着けないという事を実感します。それは、先ずは親から始ることなのでしょう。そして今迄出合った多くの方々、その方々のお陰て言うのはなんか、相田みつおぽくて僕には全く似合いませんが、人生の基本と言うものはそうなのでしょう。あらためて真矢さんと出合えた事に、深く感謝いたします。

パリジェンヌは日本で活躍する術、その武器を着物から大鼓と変えて行き、また近年では新たにニューヨーカーが来日するその意味を、『着物バカンス』として、滞在中での日本を日々着物を着て日本の文化に触れられています。フランス語も全く駄目で、英会話も心もとない呉服屋は、そんな精力的な方に圧倒されています。

自分が追い求めたいのは、日本人としての美学だと考えています。僕の場合、ラーメンや蕎麦にも、当然刹那的な風俗文化にでも美しさがあると、つまりどこにでも美神は宿ると感じる質で、それは下手をすると何処か『重さが足りないのでは・・・』と危惧するのですが、これはあくまで自分の人間的性質の特色であって、最近はようやく、自分の雑種感を認めれるように成りました。

大学生の頃、お前を見てると今どんな服が流行っているか分かる!と言われた自分、
そして、忘れ難い後輩の言葉として・・・

『中島先輩が、うんちの話をしても、ミントの香りがするようです!・・・・』

こんな戯言も、ここ旧14号館での出来事です。


●2010年01月05日(火)

邂逅

昨年の12月の中頃、銀座の六雁に行きました。一昨年に引き続き師走にお邪魔したのですが、自分の座った席の後ろにある設えに何か共鳴するものを覚えました。前回訪れた時も、もしかしたらこの設えは存在していたかもしれませんが、その時は何も感じませんでした。

気になってお店の人に尋ねると、やはり無境の塚田さんによる見立てでありました。
見渡すとそこにもあそこにも、塚田さんの美意識が感じられる美術品や現代作家作品がさり気なく飾られています。

この壁に飾られたものは、和紙に鉄錆と緑青を定着させた、下村豊氏の絵でしょう。
ならば、何か擬宝珠(ぎぼし)のような部位は中国の古美術か・・・

塚田さんの本の中に次のような一説があり、これは即ち着物と帯などを出合わせる時の一つの極意として、共通する美意識ではないかと考えています。
その時の六雁の料理もさることながら、こうした空間の設いを創り上げたオーナーの
小林さんと塚田さんの交流も偲ばれ感慨深い会となりました。

以下は塚田さんの本より

引き立て合うおもしろさ
ー対極の性質を備えるものを出合わせるー

良い美術品に通底していることは、
対極的な要素を同時にいくつも内包しているということ。
強さだけでない優しさ、動と静、古格と斬新、大胆さと繊細さ・・・
一つのものから対極が自分の心に感じられることが大事です。
どちらか一面でなく相反するものが熟成されて、美は成熟します。
『古い時代のものながら古びを感じさせない新鮮さ、
新しいものでもずっとそこに佇んでいたかと思わせる存在感』
和と洋、現代と古代というように対極の性質を備えるものが出合って、交響しあう空間”設い”が生まれます。