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月を見ていた~ MOON GAZING

米津玄師さんの『月を見ていた~ MOON GAZING』、伴奏なしのいきなりの『つきあかり〜♪』四音で痺れてしまった老人のお話です。この楽曲は『ファイナルファンタジーVXI』のエンディングの曲として米津さんが描き下ろしたもの。それを知らずともYouTubeで彼のミュージックビデオを観て更に震えました。

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月を謳った歌、それは和歌、俳句、クラッシック音楽、そして現代のポップミュージックに至るまで数限りない名句、名曲がありますが、紫式部や藤原道長、ベートーヴェンやドビッシー、正岡子規や夏目漱石、現代ポップス桑田佳祐を超えてこの曲は心底惚れた楽曲になりました。MVも大作映画を見ている感覚でどの場面、細部に至るまで計算された美しさがあり、歌詞、曲の世界はさらに広がりを持ちます。

ここでは譽田屋源兵衛『蜀江に月』というタイトルの帯を紹介するのが呉服屋としての本分です。が、ここは少しだけ店主の脳内にお付き合いください。

蜀江とは蜀の首都を流れる河を指します。蜀では絹織物が盛んであり渡来してきた織物は蜀江文様として日本で珍重されます。その地紋がこの帯にある分けなのですが、蜀はそう、あの三国志に出てくる魏呉蜀の三国、その蜀の事です。一方、米津玄師の楽曲はファイナルファンタジー16の世界観を何処かの国の争いに置き換え、米津さんの歌の世界観を具現化してくれています。

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画像は米津玄師さんのMVのカットより。https://www.youtube.com/watch?v=1kUZ0LoUELI&list=RD1kUZ0LoUELI&start_radio=1

この帯とこの楽曲が結びつき、僕の脳内は何処かの世界のお話ではなく、三国時代の蜀に変換されていきます。国同士の争い、民族の争い、戦いは様々ありますが、その中には個人の人生が積み重なっています。ゲームの世界と歌詞の世界、そして三国志の世界、それぞれに生きる生(キャラクター)は様々は個人的な想いを胸に抱えながら月を眺めています。太古の昔から、地球上に生きたものならば誰もがそうしてきたように。

 

 

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譽田屋源兵衛 『蜀江に月』 袋帯

地機結城縮に合わせて (結城縮の袷仕立もお勧めしています)

この帯の前は蜀江文のみ、月はありません。合わせた着物は、勝山さと子  綾織着尺。

三日月のように見えるカット あの木立は柳であろうか。すると冒頭の歌詞

月明かり 柳が揺れる 私は路傍の礫(つぶて)   なのか。

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探し求めた人 その手にある月の形をした傷

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この後のエンディングはご自身でお確かめ下さい。